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ころがる石掲示板
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またまたクランクイン 投稿者:森下 投稿日:2008/11/18(Tue) 03:02 No.205   
 飲み屋シリーズの4本目の撮影に入る。まるで親の敵のようにムキになってるような気もするが、ところで親の敵って、僕の場合、誰なんだろう。

 このシリーズをする目的のひとつに、役者以外の人間に出演してもらう、というのがある。前回は撮影場所の店のリアル店主とリアル店員に出てもらったんだが、今回はミュージシャンという、同じ「舞台に立つこと」をしてるけどジャンルが違うという、理想的な距離感のカテゴリからの出演者を得ることができた。それも3人。一人は最近音楽にも本腰入れだした役者、一人は元役者で今ギター弾き、そして一人は昔からギター弾き、という何だかウィザードリィの前列3人のような組み合わせである。

 この3人が即興で歌を作る、というのが今作のクライマックスなんだが、スケジュールの都合上、このシーンからの撮影開始となった。

 聞くだけで何だか楽しそうなシーンでしょ。とはいえ「合わせる」のが結構大変というのがまずある。
 同時にカメラが何台も回るならいざ知らず、こっちは2台しかないので、何度か演奏してもらって、使いたい部分をつなぐというやり方になる。とすると、例えばキッチリとテンポをあわせないとカットごとにリズムのがたつきが生じる。なまじっか音楽なので、ちょっとのズレも気になりそう。だけどスティーブヴァイじゃあるまいし、毎度毎度完璧にテンポが同じ演奏というのは相当骨が折れそうと想像にかたくない。加えてスタジオでミキサーにつないで録音するわけじゃないので、テンポが同じでも音質とかが微妙に違うことになりそうというのもある。

 で、そういう面倒くさい部分をクリアするため、以前撮影した我らがバンドのPV(というどちらかというと「おもしろホームビデオ」のジャンルに入りそうな気もしないでもない映像)を撮った経験が大いに役に立った。何でもやってみとくもんである。多分上手くいったと思う。あとは出来たものがいかに格好いい映像につながってるかどうか。それが一番大変だったりして。

 ところで、曲は即興感を出したくて、撮影当日にこっちから漠然とイメージだけ伝えて3人に作詞作曲してもらった。これが予想通りで、予想以上にいい曲になった。投げた球が倍になって返って来るっていうのは本当に楽しい。

無題 投稿者:森下 投稿日:2008/11/15(Sat) 01:30 No.204   
 飲み屋を舞台にした短編映画シリーズの3本目の撮影がクランクインしてアップした。要は1日で終わったのだ。

 役者と店の双方の都合が合う日が1日しかなかったのでやむなく強行スケジュールとなったというわけ。朝10時から夜11時まで、みっちりもっちりやったけど、疲れるというより充実していた。これ仕事だったらこれくらい普通だもんね。楽しい仕事をしているときは疲れ知らずなもので、とはいえそういうときこそ気付かず大病がこっそり進行しているときもあるので会社員の皆さんは気をつけましょう。

 今作は、店主と店員の役を実際の人々に演じてもらった。「やりたい」と店員のMちゃんが言い出したからなんだけど、一応「キモいくらい本気でやるけど」と釘を刺すも、「是非」ということなので、店主ともども出演いただいた。で、なにぶん初めてのことだろうからMちゃんは疲労困憊している様子で、確実に「キモイ」と思われただろう。笑。一方、台本読みの段階で「演技むず!」を連発していた店主は、素人臭さと変なテンションが化学反応を起こして、妙なオモシロテイストをかもし出していた。

 というわけで、今回も人様におんぶに抱っこで制作に取り組んだ。舞台はせいぜいノーギャラでお手伝いに来てくれる人に「すまないねえ」というだけで済んで、人に迷惑かけてるという遠慮は皆無に近いのだが、映画はそうもいかないのが毎度考えさせられる。それが現実を巻き込むということなのだろうか。

 とかブツブツ言ってる間に、次の撮影がもう始まる。人手が足りん。誰か手作り感溢れる自主映画制作を手伝いたいというステキな人はいないでしょうかね。

無題 投稿者:森下 投稿日:2008/11/15(Sat) 01:27 No.203   
 政府が金をくれるとかくれないとかニュースで毎日やってるけど、僕はそのたびに信長の野望の「施し」を思い出す。領地の農民に金や米をくれてやると、「民忠誠度」という数値が割合容易にMAXになるというアレだ。子供心にも何とも安直な凄いゲームだなと思ったものだが、今になってまさかそれをリアルに体験することになろうとは。

 そんな日本社会の知性の劣化を思わせる政策が論議されてる中、テレビ報道の良心とも老害とも言われてきた筑紫哲也が死んでしまった。テレビをつけたらその追悼番組をTBSがやってるのを見た。スタジオのセットとか番組のテイストとかのいかにも感が何だかダサいなあと思ってたんだけど、筑紫さんという人間の力のなせるわざか、つい最後まで見てしまった。

 報道っていうのはいいのか悪いのかわからないこととか、誰が悪いのかわからないこと、というのにしばしば足を踏み入れる。なので場合によっては報道内容が視聴者や読者から快く受け入れられない場合もあるわけで、こういうのをカタカナでタブーと言う。この厄介ごとと付き合うためには、テレビ報道の場合、責任者が堂々としていれば比較的うまく付き合える。そういう意味では筑紫哲也の存在は大きいと思う。彼が堂々としていれば、視聴者がケシカランと目くじらを立てそうな挑戦的な報道も(実際出来てたかどうかは別にして)可能だからだ。

 そういう存在はなかなか得がたい。なので報道は事なかれに走って、世の風潮に丸々乗っかったり、安直な善意を振り回したり、あんまり突っ込んだこと言わなかったりする。それじゃ駄目だ、と気付いてる現場の人もいるんだろうが、堂々とした顔がいないので、「実際問題やりたくても無理よなあ」と赤提灯の酒とともに、制作者の不満も流されてしまってるのだろう。

 で、その追悼番組で、タモガミ論文の問題について田原総一郎が「あんなもんクーデーターと一緒だ」と声高に非難していて、なかなか上手いこというなあと思った。
 クーデターは大げさに聞こえるとしても、軍人が“国を憂える”とロクなことはない。岡本喜八の「日本のいちばん長い日」を見ればわかる。一般人が憂国の士を気取ればせいぜい選挙に泡沫候補として出るくらいで済むが、軍人がこれを言い出すと人を殺しだす。あの映画の狂った陸軍士官を演じているのが黒沢年男だと気付く人が一体今何人いるだろう。単に若いころの映画だから、というだけではないと思う。

、って言いたいだけ 投稿者:森下 投稿日:2008/11/04(Tue) 22:31 No.200   
 こんばんは。森下劇団主宰です。
 昨晩は、劇団大阪新撰組のココロ団員から借りていた機材を回収するため、天劇キネマトロンに顔を出し、この日から上映が始まった作品「夜の話」をチラ見したらば、そのハイレベルさにグムっとなって、劇場の吉田スタッフらと談笑した。
 引き上げてから10分後くらいに、芝居仲間の村居女優と、ONE WAY TRIPの阿形メンバーが一杯ひっかけに来たらしく、すれ違いになる。

 さて小室プロデューサーの逮捕は10年前なら声をあげて笑ったと思うけど、今となっては人の不幸は蜜の味というより、あの人は今的な香りの方が漂ってるような気がする。どだい元金持ちが金持ちを騙したところで、こっちにしてみりゃ左様ですか、というほかないしで。

 「彼なら戻ってきてくれると信じます」と男気溢れるコメントを出してた宇都宮ボーカルの方こそ、あんたはいつ戻ってくるんだよと突っ込みたくなったりして。

 まあ僕個人としては、よっぽど沢尻女優と高城ハイパーメディアクリエーターの恋の行方の方が気になりまして…、と、すいません。あまりにも話の展開が無理矢理過ぎました。

 そういえば、ラジオを聴いてたら不穏な甲高い声で歌う外タレロックが聞こえてきて、まさかまさかと思っていたら、ガンズアンドローゼズ「チャイニーズデモクラシー」と曲名が紹介された。ニューアルバムの発売も決まってるらしい。

 数年前から出るぞ出るぞといわれながら、ほとんどノストラダムスの大予言的扱いを受けていたガンズの新譜が本当に出るとは。15年ぶりだかの新譜みたいだけど、そもそもアクセルボーカル(もうええっちゅうねん)は何を思って音楽をやってるんだろうと不思議に思う。ここまでダラダラ長い期間、彼はいつやる気になって、何を持って新譜の完成としたんだろう。イメージが湧かん。

 いずれにせよアルバムは売れると思う。小室との違いは才能の一言で片付くものなのか。流行歌とロックの底力の違いなのか。比べるのもどーかとも思うが、頭の中で勝手に二人の比較対照が行われてる。

上映終了 投稿者:森下 投稿日:2008/11/03(Mon) 14:22 No.197   
 一杯ひっかけてそろそろ帰るかと梅田を歩いていたら、酔った若者が僕に向かって何か声をかけてきている。「お前あの映画の監督やろ」といわれてるのかしらと思い、「?」という顔で近寄っていくと単に喧嘩を売ってきてるだけだった。自意識過剰である。

 そんな風に、この二週間にわたる上映が終了しました。客がゼロの日ありーの、3人ばっかし来たかと思えばそそくさと途中退席されたりしーの、かと思えば上映終了後に拍手が起こりーの、やっぱり二週間もやってると色んな日があって、なかなか新鮮でした。特に上映終了が近づくにつれお客さんが増えてくサマは多少なりとも嬉しいものでした。

 その上、客が知らん人ばかりというのも舞台では得がたい体験で、映画という媒体の持つ力というか舞台とは違う人口の膾炙度というか敷居の低さというか、そんなんを感じました。逆の言い方すれば、二週間もやってんのに来なかった知り合いも多数いましたんでね、普段の数日だけで終わってしまう舞台公演ならいざ知らず、しばらく粘着質に恨み言を言おうと思います。

 「ぴあ見て」とか「前からここの場所が気になってて」とか「チラシをたまたま見かけて」とかでフラっと見に来てくれた人が何人もいたのはめちゃくちゃ嬉しかったんだけど、映画が終われば当然みんなさっさと帰っていくので、ハテ僕はどうしたらいいんだろう?と所在のなさを結局解決できなかった。「僕監督なんですが、どうでしたか?」とか話しかけても鬱陶しいやろうし、一応劇場ホームページにアンケートブログがあるんだけど、いうてもみんなそんなのあんまり書いてくれないし。

 で、たまに鑑賞後、併設のカフェで一杯飲んで行く人もいて、スタッフが「どうでした?」と感想を聞いてくれる。酒飲みついでに、あれが駄目だとかここがしんどいとか忌憚のない意見を言ってくれてるんだけど、ここで僕が「ワタシが監督です」って名乗ると、「しもた、言い過ぎた〜」と余計な気を遣わせるかもしれないし、かといって何も言わないのも何かなあと、これまた自分の立ち居地が非常に難しかった。

 入場無料というシステムもなかなか微妙なところがあって、なるべく敷居を低く、という劇場側の戦略なんだけど、「無料ってどういうこと?」と変に疑問を持たれてしまうことも少なからずあったり、今回の作品の場合、いっちょ前に2時間あるので無料という気軽さと釣り合ってない、ということもあった。「無料だからショボいだろう」と思ってたけど、案外ちゃんとした映画だった、という人もいて、そういう意味では僕にとっては好都合だったかもしれないけど。

 色々書いたけど、とりあえずは、人に見せていいものだと確認できただけでも収穫だった。
 コンテストにカスリもしなかったので非常に疑心暗鬼になっていただけに、作品に共感してくれた人が少なからずいたのはもちろんのこと、厳しい意見も自分でわかってる範囲内だったんで、「かすりもしなかったということは僕が気付いてない根本的な欠落があるのだろうか」というちょっと病的な疑念も捨てることが出来た。

 ま、前回書いた映画サークルの人々は全然来てくれなかったので、映画と名乗るにはまだまだ太い線引きがあるのだろうと自重自戒してとりあえずは大団円とさせていただくとしましょう。

 ご来場いただいた皆々様、ありがとうございました。劇場HPに感想書き込んでくださいね。http://tengeki.mh5.mp7.jp/

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